やりたいことの見つけ方!!

大々的には行っているわけではないのですが、最近ではおかげさまでコーチングの依頼も増えてきました。

相談の中でも多い悩み事の1つに

「自分が一体何をしたいのかわからない?」

なんて言葉をよく聞きます!!

これを身近なことで例えると、ランチに出て行ったものの何を食べるか決まってないのでウロウロばかりして、お昼時間が無くなっちゃったなんていうのと同じです。

人生において、向かう方向性がまったくわからずただ日々過ごしているだけですので充実感も感じることが難しいでしょう。

そんな時に有効な質問が以下の質問になりますので、何をしたらいいのかわからないというかたは答えを書き出してみてください!!

尚、これらの出題には何の心配(お金・家族・健康・時間etc.)もないことが前提です。

①何の制限もなく2日間のお休みが取れるとしたらあなたは何をしますか?

②何の制限もなく2週間のお休みが取れるとしたらあなたは何をしますか?

③何の制限もなく2ヶ月のお休みが取れるとしたらあなたは何をしますか?

④何の制限もなく2年間のお休みが取れるとしたらあなたは何をしますか?

最後の質問です!!

⑤何の制限もなく一生、お休みが取れるとしたらあなたは何をしますか?

いかがですか??

あなたの本当にしたいことが分かりましたか??

以前セミナーにおいてこんな方がいらっしゃいました。。。。。。

私の答えは

「高校野球の監督になることですが、どうやってもなれるわけないじゃないですか?」

この答えを聞いてみなさんはどう思いますか???

私が答えた回答は、

「だれかにあなたは高校野球の監督にはなれませんと言われたのですか?」

まさしく、この答えこそが自分でブレーキを掛けている証拠です。

だって、本気でしたければどうやったら監督になれるのかを一生懸命に探します。

 

世間がわかり始めたとたん、ブレーキがかかり始めるのです!!

せっかく見つかった方向性を大事に!!

それだけを目指していれば自分を見失わずに済みますよ!!

 

自分を愛そう

こんにちは。
まんトレスタッフ”中の人”です。

いよいよ今年も終わりに近づいてきました。
この一年、皆さんにとっていかがでしたか?

 

きっと、皆さんは”反省”をする癖がついていませんか?

今年は〇〇しようと思っていたのにできなかったな。
年初こんな風に決意したのに、できてないな。
△△を始めようと思ったけど、結局手が付けられていない。

などなど。

 

私たちは、いつのころからか「反省」する癖をつけられています。
さいきんでは、PDCAなんていうことを言われますが、
これ、単なる反省会になっている場合も多いようです。

会議でもできなかったことをピックアップして、犯罪者探しをする。
家でも、家族のできないことに目が行く。

 

こういう習慣って、習慣で身についてきた部分もありますし、
人の特性でもあります。
うまくいかなかったことに目が行くんですね。

よく言う話ですが、人は力を入れたいときに、そこに集中します。
つまり、反省会は、問題に力を与えてしまいます。
問題、うまくいかなかったことばかりに集中してしまい、なんとなくげんなり。

 

フラットに1年を顧みるとすれば、できたこともきちんと検証する必要、ありませんか?
あなたは、この1年で成し遂げたことがたくさんあるはずです。
新しいチャレンジだったり、よりよくするための努力だったり。
なにより、今のあなたが風吹く公園のベンチに寝泊まりしていない状況であるなら、
この一年間、毎日何かをやり遂げているはずです。

もう一つ考えてみましょう。
人は成長した時、成長した自分を基準に物を考えます。
だから、自転車に乗れるようになった人は、自転車に乗れなかった自分を忘れてしまいます。
自転車に乗れるのは当たり前。
もっと上手に乗るとか、力強く焦げるようになるとか、そういう目標を未来に掲げます。
しかし、仮にそれが達成できなかったとしても、少なくとも、自転車に乗れなかった自分からすれば、
格段の成長を遂げていることになります。

 

この「反省」という習慣。
もちろん悪いことではありません。
しかし、自分を承認することなく、悪い部分ばかり見てしまうと、それは自己否定につながりがちです。
ああ、こんなことさえできなかった。
俺ってやつは、私って人は、どうしようもない人間だ・・・と。

いえいえ。
そこまでの自分になったのは、過去のあなたの努力の結果です。
だから、まずは自分をほめたたえてください。
1年でやり遂げたことをリストアップしてみてください。
すると、今の自分が発展途上ではあるけど、きちんと成長していることを実感できるはずです。

 

自分を愛そう。
そんなことを言われてもピンとこないとしたら、ここから始めましょう。
あなたは十分、すごい。
できたことリストを埋めていき、そこに来年何が追加できるかな、なんて楽しい夢を見てください。
人は自分に厳しすぎるのです。

あなたは大丈夫。
それが2017年を締めくくるにあたって、私からお伝えしたい最後の言葉です。

では、よいお年を。

できるまでやるか、時間を決めてやるか。

 

こんにちは。
まんトレスタッフ”中の人”です。

12月ともなると、何もなくても気ぜわしい(笑)
けど、いろいろあるから忙しい。

 

さて、そんなときの仕事の進め方、どうされてますか?
たとえば、仕上げてしまわなければならない仕事が目の前にあります。
これをやるには相当時間がかかりそうだ。

こんな時、二つの方法が考えられると思います。
一つはとにかくできるまでやろう、と決意する。
そしてもう一つは、時間を区切ってやる、ということ。

私は多くの場合後者をお勧めしています。
例えば、目の前の仕事を仕上げるのに、ざっくりとどれくらい時間がかかるかを見積もります。
1時間ぐらいでできそうかな・・・
とか
3時間はかかるかも・・・
とか
そんな感じです。

 

で、一応、時間を図ります。
1時間でできると見積もったとしましょう。
1時間でアラームを鳴らす。
その時に、仕事の進捗状況を見て、まだ終わらないな、とおもったら、
その時点であとどれくらい時間が必要かを決めます。
あと30分くらいかな・・・
と見積もったとしましょう。

そうすれば、30分後にまた進捗状況を確認し、残り時間を設定します。

 

これは何をやっているのかというと、脳に適度なプレッシャーを与えているのです。
自分で決めた時間があるなら、脳はその時間内に終わらせようと、フル回転を始めます。
これが何の縛りもない状態だと、だら~っとやってしまいますが、時間の区切りをつけると割と効率的に仕事を進められることが多い。

ただ、このプレッシャーも度が過ぎれば単なるストレス。
だから、その時間内にできなければ、延長してもいいよ、という許可を与えることでストレスを一定程度回避できます。

また、こうやって、時間を見積もって仕事をすることで、だんだんと自分の仕事のペースを把握できるようになってきます。
ああ、この程度の仕事なら1時間あればできるな、とか、
これだけの複雑な仕事は、2時間かかるかな、とか。
これを何度も繰り返しているうちに、だんだんと正確な見込みができるようになってきます。

 

年末の大掃除も同じですね。
この部屋の掃除は、30分で済まそう。
窓ふきは、20分でできるかな。
そんな風に時間を見積もってやると、その時間内の作業の濃さは断然濃くなっていきます。

 

会議といった、共同作業でも同様。

 

この「タイムプレッシャー」をかけて仕事をする。
そんなことを続けることで、効率はずいぶんよくなるし、パフォーマンスは上がる。
まあ、これは私の個人的な感覚ではあるのですが、一度お試しください。

 

来年の決意!成功率の高い決意の方法

こんにちは。
まんトレスタッフ”中の人”です。

いよいよ年末。
年末年始の予定にワクワクしたり、
仕事納めに向けて忙しかったり。
いろんな意味で気ぜわしい時期です。

さて、この時期、ちょっと耳に入れておきたい話があります。

 

この時期、1年を振り返って、来年に思いをはせたりすること、あると思います。
来年はこんな風にしよう。
来年こそはこれを始めよう。
来年は・・・

さて、そんな1年の決意をするときにお勧めしたいのが、
頑張りすぎないこと
なのです。

 

たとえば、ダイエットを決意したとしましょう。
毎日のトレーニング、
食事制限、
生活習慣の改善。
あれもやって、これもやって。
すぐに結果を出したいから、いろいろと頑張ってしまいがち。

 

しかし、これ、心理学的にはちょっと微妙です。
なぜかというと、人は変化を好まない生き物だからです。

 

脳は、人が安全に生きることを無意識に選びます。
まず、今までの行動。
これをやっていて、今、無事に生きている現実があります。
脳はその状態を学習していますから、
今の状態を保とう、保とうとします。

意識の上では、出っ張ったおなかを何とかしたい、と思うかもしれないけど、
脳の深い部分で「変化を起こすことは、もしかしたら危険があるかもしれない」
という危険信号を発し続けます。

結果として、トレーニングを続けるのが嫌になったり、
食事制限が、ある日突然ばかばかしくなったり、
そんな風になるのです。

 

短期的にみれば、体重がグングン減ったかもしれないけど、
リバウンドが生じて、食欲は前以上。
そんな風になる人が多い。
これは、脳がそうさせているのです。
元の体重に戻そう、戻そうと働くのです。

 

かつて、90日間続ければ習慣化するとか、
21日間続ければ習慣化すとかと言われていました。
しかし、最近の研究では、本当の意味で習慣化するには、
数百日必要なことも多いようです。
ちょっとがっかりですね。

 

ではどうすればいいか。
それは、スタート時には目標を小さな小さなものにする、ということ。
たとえば、ダイエットをするというなら、ご飯を一口分だけ残すとか、
おかずの盛りをほんの少しだけ減らすとか。

トレーニングをするのであれば、腕立て伏せ1回だけするとか、
腹筋を1回だけするとか。

 

で、できたら自分をほめてあげましょう。
今日もできた。
すごいね、って。

 

「ご飯を一口残しただけで、ダイエットにならないじゃないか!」

そう思われるかもしれません。
確かにそうです。
しかし、別に、毎日一口だけ残す必要はありません。
その日はあまりおなかがすいていないなら、たくさん残せばいい。
腕立て伏せも、気分が乗ったなら10回でも100回でもやればいい。
けど、決めるのは「1回だけでいい」という状態にしておくのです。

ただし、どんなに気が乗らない時でも、
一口でも、一回でも、これだけは最低限守る。
これを半年、一年と続ければ、
やらない日は気持ち悪い、というくらいの習慣になります。
そして、そうなる前に、楽しくなってくるはずです。

 

やりはじめる、変化を起こすときの心理的な障害を取り除くシンプルでパワフルな方法です。

 

ぜひ、試してみてください。

見えている事と、見えてない事

あなたが日頃見るもの・・・
たとえば腕時計でもいいし、スマホのSNSの画面構成でもいい。
あるいは、お気に入りの洋服でもいいし、自分のマイカーでもいい。
これをできるだけ緻密に絵にしてください。

そういわれたとき、どれだけの人が正確な絵を描くことができるでしょうか。
うまい下手の問題ではありません。
おぼえているか、覚えていないかです。

 

毎日触る自宅ドアの取っ手、自転車のデザイン、車のナビ画面の構成、よく読む雑誌の表紙。

 

どれを取ってみても、詳細に描いた絵と実物はそうとう違うものなのではないでしょうか。
いえ、そもそもその形や、色を思い出す事さええ難しいのではないですか?

 

ここからわかることは、人は言うほど物事を見ていない。
見ているようなつもりであっても、見ていないのです。

 

時々こんなことはありませんか?
自宅の鍵がなくなった、といってあちこち探しまわる。
結局諦めて、予備のカギで戸締りしよう、と探すのをやめた瞬間、目の前に鍵が現れる。
なんだ、こんなところにあったのか。
まさに灯台下暗しです。

 

これがなぜ起こるかというと、一節によると
鍵を「なくした」と思い込んでしまった事が、あえて目の前のカギを見えなくしてしまっている、という考え方があります。
思考は現実化する、といいますが、まさに思考を現実にしようと人は無意識に見えなくしてしまうのです。

 

目は、機能としては入る光をすべて脳に伝えているようですが、脳では「今必要ない情報」をカットして意識に認識させるようです。
なぜならば、すべての情報を脳で認識してしまうと、忙しすぎるからです。

 

つまり、自分が必要だと感じない情報は、見えていても見えなくする。
他人の言葉も、入らなくする。
そうやって、莫大な情報量をコントロールしているのです。

では、なくした鍵を見つけるにはどうすればいいか。
鍵が見つかった自分をイメージするわけです。
すると、その状態に近づけるために、脳は情報収集の内容を変えます。
鍵が見つからない自分を作り出すのではなく、鍵が見つかった自分を作り出そうと必死に探すわけです。

 

先の例で行くと、「鍵をなくした自分」というイメージを放棄して、「さがすのやーめた」となった瞬間脳が緩んで、目の前にあるものが普通に頭に入ってくるという不思議現象が起こったのではないかと思います。

 

あなたが描くセルフイメージというのはそれほど重要です。
いま、あなたの頭の中にいる自分は、どんな自分ですか?

 

NLPでそこの書き換え、行っていきませんか?

 

答えはあなたの中にある!?

立場上、いろんな方のいろんな悩みを伺います。
家族関係の事、
人間関係の事、
ビジネスの事・・・。

 

これらは、多くの場合「絶対正しい」という回答はない事が多い。
だから難しいともいえるのかもしれません。

 

たとえば、ある方はこんな相談でした。
社内の社長と、ナンバー2である専務の関係について。
この二人、仲たがいをして一切会話がないそうです。
それを取り持つ、経理の方としてはなんともむず痒い状態です。

社長と専務は、その経理担当の方を通じてしかコミュニケーションできないわけです。
経理担当の方にとって、自分がその役割を担う事については決して嫌ではない。
とはいえ、会社のこれからを考えると、このままではいけないんだと思う、とのこと。

 

どうやら、社内において、社長も専務も、誰の意見も聞き入れない。
唯一、その経理の方のはなしだけは、そこそこちゃんと聞いてくれるそうです。
これ、どうすればいいでしょうか?
そんな相談が持ち込まれました。

 

まあ、現場を知らないとはいえ、そうなった経緯を丁寧に伺っていくと、見えてくる人間関係はあります。いくつかアドバイスできそうなこともないわけでもない。
ただ問題は、そのアドバイスを受け入れるかどうかは、自分次第なわけです。

 

実はその経理の方、あまり社長と専務の関係には深入りしたくないようなのです。
会社の将来云々という話をされていますが、実際のところは会社のトップ2の橋渡し役という立場が自分にとって重かったようなのです。
早い話が、ケンカならほかでやってよ、って感じなわけです。

 

こんな時に、社長と専務の間にどっぷり入って、関係改善を目指しましょう!という提案をしても経理担当の方は、「はあ、そうですね」なんていいつつ、多分結局は動かない。
どんな素晴らしいアドバイスも、本人の本当の想いと合致しなければやらないんです。

良くある話ですが、社長が会社の売上を上げたい、と考えたとします。
方法はいっぱいあります。
じゃあ、今までのやり方ではこれが限界だから、こんなことをやりませんか?と提案したとします。たいていは、「なるほどー」なんていいながら、実際はやらない。
なぜなら、会社の売上を上げたい以上に、自分とその周囲を変化させたくない、という思いの方が強いのです。自分にとって嫌なことを一切寄せ付けず、誰かのサポートで売り上げが良くなればいいなぁなんて思っているわけです。

 

こんな事例からもわかるとおり、人は自分が本当にやりたいとか、やれると思った事でなければ行動に移すことはあまりありません。そんな時、どんな画期的なアドバイスも、多くの場合は「いいね」なんていいながら消えていくのです。

しかし、面白い事に、こういう方に質問返しをしてみます。
「あなたは、どうすればいいと思いますか?」と。
すると、とつとつとしゃべりだすんですね。自分がやるべきことを。

 

ああ、じゃあそれ、やればいいじゃないですか。
あなた、答えもってるじゃないですか。
何て言うと、本人、ハッとします。
実はすでに自分でやるべきことがわかっていたり、決めていたりするものなんですね。

しかし、今一つ踏ん切りがつかないのは、
もっと楽な方法があるかもしれない
もっと効果的な方法があるかもしれない
そんな期待感から、専門家に話をききたがるわけです。

 

ただ、実際は、楽して儲かるとかいう類の話はありませんし、苦も無く人間関係の問題を解消なんて言う話もありません。あとは、そこへ向かう方法として、自分として納得感があるか?自分でできそうだと思えるか?という部分だけなんですね。

 

結局、技術的な問題は専門家のアドバイスで良いやり方は見つけられるかもしれませんが、それ以外の部分に関しては実は、自分の心の奥底に持っている方法がもっとも手を付けやすい事がほとんどなんです。つまり、相談を受けた側としては、あれをやれ、これをやれ、というより、その奥底にある解決を引き出してあげて、背中を押してあげることが一番大事なんじゃないかな、という風に思います。

やらないことは結果が出ない。
人から提案されたことはやらないことが多い。
それならば、自分で持っているこたえ、たとえ稚拙であったとしてもやり始める方が結果が出やすいんじゃないでしょうか。
色んな人を見て、そんな風に感じるのです。

 

殺伐としたオフィスが出来上がる過程

ある保険代理店の事務社員が、こんなことを言っていました。
「保険会社に電話しても、朝礼とか会議とかで、なかなか話が出来ないんですよね…。」
その話、当社も保険代理店をやっているからよくわかります。

平気で、朝礼だから、会議だから、と急ぎの電話も取ろうとしない。
保険会社は売り上げの多くを保険代理店が作ります。
保険代理店はお客さんと直結しています。
つまり、保険会社にとって保険代理店の連絡は、お客さんに関わる話である可能性が高い。
にもかかわらず、何よりも朝礼や会議を優先させる。
いわゆる「顧客ファースト」という感覚からはちょっとずれている気がしないでもありません。

 

そういった大きな会社の中では、一人の顧客に貢献するよりも、上司に嫌われないようにした方が評価が上がる。
そんな文化がある可能性もあるでしょう。
つまり、動機の強さは、顧客のために働くというより、上司のために働く。
もっといえば、自分の保身のために働く。

 

さて、そんな彼の上司の仕事は何でしょうか?
数字達成のための部下への尻たたきだと思っているケースが意外と多いのです。
となると、会議は以下に部下の数字が足りないかを”身をもって”知らしめる時間となりがち。
そりゃあ、メンタルヘルスの問題を抱える社員も出てくるはずです。

 

本来、上司は部下を育てるのが仕事であると考えられるのではないでしょうか。
では育てるというのはどういうことでしょうか。
今、多くの企業で繰り返されているのは、部下に負荷をかけて育てる、ということ。
とにかくノルマを課して、それができなければできるまで追い込む。
残業は増え、社内は殺伐とし、おもったほどに業績は上がらない。
うつ病で休職する人が増え、いじめのような会議のために顧客とのビジネスの機会損失がおこる。

 

上司は1000万円の報酬を受け取り、会社に2000万円の損害を恒常的に与えている。
そんなことだって起こっていないとは言い切れないかもしれません。

 

一昔前は、俺の背中を見て学べ。
そんなこともあったのでしょうが、果たして自己保身に走り、部下をモノのように扱う上司の背中に、学ぶべきものがあるのでしょうか。

 

もう一つ問題があります。
モーレツサラリーマン時代であれば、生きていくためには会社に残り出世するしか方法はなかった。しかし今では、会社をクビになったって即座に死を意味するわけではない。生きるだけなら健康でさえあれば、何なりと方法はあるわけです。

選択肢が今の会社で生涯を暮らすこと、というもの一つではない。
そうすると、働く意義というものを探さざるを得なくなる。

 

こういった部下を導くことを、コーチングといいます。
コーチングの前提には信頼関係が必要です。
NLPではそれをラポールと呼んでいます。
そのラポール構築のために、NLPのテクニックを使うことももちろん一つの手段です。
ただそれを飛び越えた話をさせて頂くと、上司は部下の何を知っているのでしょうか。

 

男か女か?
名前や役職?
住まいや生まれ故郷?
家族構成?
ちょっとましな上司なら、誕生日くらいは覚えているかもしれません。

ただこれって、ただの”情報”です。
何を知るべきかといえば、社員がもっている価値観です。
それを知ることで、社員を伸ばす方法が見えてきます。
ぎゃくに、それを知らずして伸ばせるはずがない、と私は感じているのです。

 

その価値観を上司に開示すれば、部下は上司に全幅の信頼を置くようになる可能性は高まります。上司のために働きたい。そう思ったときの人間の成長は、あり得ないぐらい目を見張るものがあります。

 

うつ病での休職が続出するチームと、目を輝かせて仕事に打ち込むチーム。
あなたならどちらを選びますか?

「断れない」性格の根源にあるもの

こんにちは。
まんトレスタッフ”中の人”です。

 

人の頼みごとを断れず、いつも大変になるんです。

こういう方、結構いらっしゃいますね。
けど、国語的に言うと正しくない。
人の頼みごとを断る方法はだれしも知っています。
単に「NO」といえばいいだけです。

 

しかし断り切れない。
これは断ることができないではなく、断らないのです。
やりたくないけど、断らない。
人間って不思議な生き物ですね。

 

じゃあ、なぜ断らないのでしょうか。
そこは少し事情が複雑で、
・断って嫌われたくない
・仲間外れにされたくない
・嫌な奴と思われたくない
・断ることで罪悪感を感じたくない

エトセトラ、エトセトラ・・・

 

つまり、断らないことで享受できるメリットがあるわけです。
断らなければ
・嫌われない(かもしれない)
・仲間外れにされない(かもしれない)
・嫌な奴と思われない(かもしれない)
・罪悪感を持たない(かもしれない)
という自分に有利な状況がある事を想像しているわけです。

 

このように、習慣化している行動の影には必ず何かしらのメリットがあります。
逆に、メリットがなければ同じ行動をとり続ける事ができません。

 

さて、ここで考えたいことがあります。
それはNLPでもよく使う言葉「ビリーフ」についてです。
ビリーフという言葉、訳すと「信念」となります。
信念なんていうと、「信念をもってやり抜く」なんていう使い方をイメージすると思いますが、NLPでは微妙にニュアンスが違います。

どちらかというと、「思い込み」といったほうが理解しやすいと思います。

 

この思い込みというのが、時に厄介です。
先程の話に戻ると、前提として、頼みごとを断れば、
・嫌われる
・仲間外れにされる
・嫌な奴
・頼みごとを断るのは良くない事
という前提があります。

 

果たしてそれは本当ですか?
多分事実ではないでしょう。
出来ることと出来ない事をハッキリ主張することで、「この人ははっきりしていてわかりやすい」と評価を受ける事だってあります。
また、頼み事なんて、先方の都合で行ってくるものですから、それを断ることが悪い事だなんて、洗脳めいた思い込みです。

他人をよく観察してみてください。
意外と、あなたが思うよりあっさりと、頼まれごとをスルーしている人、けっこういると思いますよ。

 

ただやっぱり、関係性によっては嫌われることもあります。
けど、単にこちらの意志で物事を断っただけで嫌われるって、相手はあなたを友達としてじゃなくて、奴隷としてみてるんじゃないですか?という風にも考えられます。
あ、もちろん、極論ですけどね。

 

こうやって見ていくと、「断れない」原因は、自分の中のビリーフにある。
そしてビリーフを突き止めると、実は子供のころなどの心の傷や、
常に言い聞かされてきたことに突き当たることがあります。

たとえば、長子の場合「しっかりしなさい」という親の期待の中で育っている。
だから人に頼るのが苦手だったり、失敗することに異様に恐怖を感じ、そのせいで新しい事にチャレンジできなかったりすることもあります。

 

「やりたいことがわからない」という人も同様で、自分の奥底にあるビリーフに気づかないよう感情にふたをすることで自分の本心を見えなくしてきています。そうやって自分を守ってきたのです。
信じられないかもしれませんが、常にダメ男ばかりと付き合っているとか、付き合う女性は自分を金づるにしようとする人ばかり、というケースもビリーフと深い関係性があることが多いのです。

 

さて、実は大人になっても、自分自身のビリーフに気づいている人は少数派です。
だから常に同じような問題に頭を悩ませるのです。
勘のいい人は、その事に気づき、自分の奥に深く沈めたビリーフを掘り起こそうと頑張ります。
ヨガ、瞑想、内観、セラピーやカウンセリングなど、アプローチ方法は様々です。
自分に合ったものを選択すればよいと思いますが、NLPを学ばれる過程で、多くの方がご自身のビリーフに気づきます。

NLPを学ぶと、人生のステージが上がると言われるのは、NLPで対人関係をよくする以上に、自身のビリーフに触れられることの方が大きいのではないか、と私は感じています。

 

そんな自分に触れるために、NLPを学んでは見ませんか?

それは私たちの業界ではできない・・・ってホント!?

会社の経営をやっていたり、経営幹部だったりする人と話していると、
ちょっと「ん?」と思う事があります。
別の業界の成功例を見て、
「あぁ、ウチの業界ではそれ、無理ですね」
と即答する。

 

それ、本当でしょうか?
実は、その方の業界で、普通にやってる人、知ってるんですけどね・・・。
確かに、応用できない業界とか、応用できないスキルってあるとは思います。
けど、即答するということは、
可能性について考えていない
ということではないでしょうか。

考える前に、否定しているように見えるのです。

 

これは仕事に限った話ではありません。
家族との対話、出来ませんか?
もう一度、違う方法考えられませんか?
うまくいく方法、考えてみませんか?
そんな風に聞くと、
それ、無理です。
と即答する。

 

こういう人が成功しない理由は、能力やスキル、ノウハウの問題ではないんです。
可能性について考える前に、出来ない理由を思い描いているのです。
結果、何が起こるかというと、行動が変化しない。
行動が変化しなければ、身の回りで起こることも変化しない。
身の回りで起こることが変化しなければ、どこか満たされない気持ちも変わらない。

 

人生を変えるには、行動を変える必要があります。
行動を変えるには、考え方を変える必要があります。
その考え方を変えるのに非常に有効とされるスキルの一つがNLPです。

「ウチの業界ではむり」
といった人は、自分で自分を制限している事に気づいていません。
そもそも、考える前に”反射”で否定する事にも気づいていません。
まずは、その反射的に可能性を否定する癖に気づく必要があります。

NLPにおいては、その癖に気づくというか、自分の視点がどのあたりにあるかを気付くワークがあります。そういった事で自分が何を見て、物事を判断しているのかを知っていただきます。

 

そう、まずは、自分の今の状態を知ることから始めるのです。
すると、もう少し踏み込んで考えれば答えが出るかもしれない問題を、反射的に”無理”とはねのけることをしていればそこに気づきます。そしておこる変化は、「出来るとすれば、どんな方法があるだろうか?」という思考になります。

方法に気づけば、行動が始まります。
行動が始まれば、周囲の反応は変わります。
いいか悪いかはひとまず置いておいて、そこで変化を経験します。

 

経験した変化は、実践知として脳をバージョンアップしてくれます。
この時点で、やったことのないあなたから、経験済みのあなたにすでに変わっているわけです。
そういった事を積み重ねることで、きっとこう思うでしょう。

「あの時考えていた自分と今の自分、ずいぶん違うよな。これだけ自分が変わることができたのは、あの時、”無理”と反射的に応えていたことを”できるならどうするか”と変えた小さな一歩から始まっている」

そんな風に実感するのだと思います。
人が歩いた後に道はできるものです。
あなたが作る新しい道は、どこに続いているのでしょうか?

いや、わたしなんて・・・謙遜の文化が成功を遠ざける!?

おきれいですねー。
お若いですねー。
凄いですねー。

こんな誉め言葉、頂く事もありますよね。
そんな時、あなたはどう反応しますか?

ブンブンと首を振って、
「いえいえ、そんなことありません」
「私なんてまだまだですよ」

いわゆる謙遜ってやつをするんじゃないですか?

 

まあ、日本の文化の中では、謙遜こそが美しいとされてきました。
ただ、それ、ちょっと気をつけたほうがいいかもしれません。

せっかく、きれいだね、わかいね、すごいね、とほめてくれているのです。
仮にそれが社交辞令であったとしても、私たちは相手にその言葉を強要したわけでも何でもありません。
相手が勝手に、自発的に言っている言葉です。

 

そんな言葉は、有難く受け取っておくのです。
「ありがとうございます」
その一言でオッケー。

 

実は、これ、心理学的にも非常に重要な事なのです。
なぜかというと、自分を低く評価する習慣は、自分を小さいにんげんだ、と脳にインプットするようなものです。

ニューヨーク大学でこんな実験が行われました。
学生に作文をさせました。
あるチームは、「しわ」「忘れっぽい」「白髪」「杖」など老人をイメージさせる言葉を組み込んだ作文をさせたのです。
その結果、老人言葉のチームは他のチームより歩く動作が遅くなったといいます。

 

だから、頂いた誉め言葉は、たとえお世辞であったとしても気持ちよく受け取るのが、心理学的には正解なのです。

 

そんなときに、ふっと不安になるでしょう。
明らかにお世辞で言っているのに、真に受けたら笑われるんじゃないか・・・?と。

まず、こちらから見ればお世辞に見えることが、その発言をした相手が本当にお世辞で言っているのかどうかはわからないものです。人間、自分の長所はよくわからないものです。なぜなら、何の苦労もせずにできてしまうからです。

たとえば、文章が苦手な人からすれば、1000文字程度のこんなブログを書くことに2時間も3時間もかかる場合があります。そんな人が、「このブログ、大体15分くらいで書いてる」なんて聞けば驚きでしょう。

けど、15分で書いてる人にとってはそれが当たり前。
皆もっと早く、立派に書いてるんじゃないの?と思いこんでるわけです。
だから、お世辞に聞こえても、お世辞ではない事というのは結構あるものです。

 

もう一つは、真に受けて笑われることをなぜ恐れるのか?ということ。
相手が勝手にお世辞を言って、勝手に笑っているとしたら、それで私たちに失うものがあるのでしょうか?
ん?自尊心?
確かにそういう一面はあるかもしれません。
けど、陰で笑ってることなんて、私たちに害を及ぼすことがないから、放っておけばいいとは思いませんか?
そう思えない、という事は、自分が自分を認めてあげられていない、という事です。

 

他人から見て自分がどう映るかを重視するあまり、自分としてどうありたいかを忘れてしまっているパターン。他人にどう思われようが、好きに日々を送ったほうが楽なんです。本当は。

 

ただ、すぐにそうなれと言っても難しい。
それは、お世辞を真に受ける事が恥ずかしい事だ、というバカバカしい思い込みを生れてから今までずっと持ち続けており、それが恥ずかしい事だと自分に言い聞かせてきた歴史があるからです。だからある日突然変化するのは難しいかもしれません。しかし、その変化となるきっかけをつかむことができれば、徐々に強制できます。

 

そうやって、心の扉が開かれていくと、たいてい言われます。
「あの人、変わったな」と。
それで離れる人もいるし、新たに繋がる人も出てきます。
これが人生のターニングポイントになる事と思います。

 

もし、今の生き方に苦しさを感じているとしたら、そんな変化のきっかけをつかんでみませんか?

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