あなたは攻撃するかそれとも

人が何か困ったことが起きたとき、こんな行動をとりがちです。

・攻撃
・逃避

攻撃というのは、相手や状況に対して怒り出すこと。
こんなことになったのは、遅刻したあいつのせいだ!
あの部下が、しっかりしないからだ!
妻が子育てをしていないからだ!
という話から、
天気が悪いからだ!
渋滞のせいだ!
という話まで。

攻撃の対象は、人や、モノや、状況など、多岐にわたります。

 

次にありがちなのが、逃避ですね。
逃避というのは問題から目をそらそうとすること。
無理なポジティブシンキングとかは、ここに入ることがあります。

締め切りが迫っているのに準備ができてない。
まあきっとできるさ、と高を括る。

会社での立場が悪いんだけど、そんなことより「ワクワクに従って生きよう」的に、状況を顧みず趣味に没頭する。

ポジティブシンキングは推奨したいところなのですが、ちゃんと現実との折り合いは考えたほうがいい。
そもそも、考えているだけでは状況はよくならないわけです。
妄想の中を泳ぐ前に、お尻についた火を消そうよ、という事です。

 

たいていこの二つに陥ると、問題は解決しません。
その場は乗り切ったとしても、同じ問題がたびたび訪れることになります。

けど、もっとやばいパターンがあります。
それは、問題の本質に気づかない、ということ。

 

たとえば、会社の経営者で社員が次々と辞める。
これを本人は、「きっと、会社のステージが変わるんだ」なんてぽわーんとした夢を見る。
それでも、採用したらした人数だけ人が辞めていく。
それでも本人は、何の気にも留めない。
「いったいどうしてだろう。。。」
友達に話すと、友達は即座に言います。

「わかってなかったの?原因はあなたよ」と言われる。
えーーーー!?ってはしですよね。
けど、自分では全くわかっていないのです。

 

これは、「逃避」に近い話ではあるのですが、無意識に原因を見ないようにするパターン。
無意識君はよくわかってて、その原因を知る=自分が変わらなければならないというリスクを突き付けられるのです。
そのリスクに接することがないよう、問題の原因に触れないのです。

たとえば、子どもが登校拒否になると、たいていその原因の種は親にある。
けど、親は、そのことに気づかない。
だから、うちの子は、どうしてしまったんだろう・・・と思い悩む。
けどね、その子をそんな風にしたのは、やっぱり親の影響であることが多い。

他にはちょっと毛色の違う話では、「学校や会社を休んではいけない」と思い込んでる人は、身体の痛みや不調に気づきにくくなりがちです。
普通だととんでもないほどの疲れが出てるはずなのに、自覚できないんですね、その症状が。
あえて鈍感になることで、会社や学校に行けるようにふるまう。

そうなると不調に気づけないので、自分をいたわることもできません。けっか、場合によっては重症化することもあるわけです。

だから、自分を知るということを意識しておかないと、気づかない問題というのがたくさんあります。
意識しろと言われても、なかなか難しい。
なぜなら、自分の取り扱いについて、誰も教えてくれる人はいなかったわけです。

それを学ぶことができるのが、NLP(神経言語プログラミング)の講座です。
ご自分の取り扱い。
一度、まなんでみませんか?

個人向けセミナー

 

検索する人としない人~あなたは本当に解決したいのか?

私の周囲には二つのタイプの人がいます。
困りごとがあった時、解決に向けて動く人と、動かない人。

何言ってんの?
普通困りごとがあったら解決しようとするでしょう?
そう思われるかもしれませんが、実はそうとも言えません。

 

たとえば、かつての同業者はみな口をそろえてこう言いました。
「なかなか営業社員が育たない」
で、彼らはどうしたか?

・営業成績に応じてインセンティブを与えた
・社内キャンペーンを実施した
・壁に成績グラフを張り出した

などなど。

ちょっと心理学を学んだ人からすれば「あーあ、やっちゃった」的内容ばかり。

 

もともと私は保険の販売に従事していました。
すると、その販売会社の社長は、メーカーである保険会社がやってることを参考にしがち。
実際は、そのメーカー内にうつ病で休む人が続出しているのに、です。
もっというなら、
「あいつら、キャンペーン以外にアイデアないのかよ」
などといいながら、自分も社内キャンペーンをやるという笑い話のようなことをやってます。

 

もうちょっと考えましょうよ。
で、考えてわからないなら、世の中になにか使えそうな知見・ノウハウがないか探してみましょうよ。
そう思うわけです。
今や、スマホやPCにキーワードを入れれば、世界中の情報にアクセスできます。
しかも、無料ですよ。
使う時間なんて数分です。
なのに、それさえせずに、今まで知っている知識の中で物事を収めようとする。
だから、永遠にうまくいかないんです。

 

なぜ、そんな不可解な状況を放置するのか。
それは「今の状況を変えたくない」という無意識が働いている可能性があります。
たとえば、今の状況を変えると、同業者と違うことをやることになる。
一人で違うことをやるのは不安だ。
そんな感情があるかもしれないし、今までやったことのない方法を試すということ自体に恐怖を感じるかもしれない。
そういった結果をあなたの無意識(潜在意識)が予想しているから、そこへ踏み出せない可能性もあります。

 

とはいえ、このブログにたどり着いたということは、あなたは何かしら検索をしたという可能性が高い。
つまり、一歩前に進んでいるわけです。
だとすれば、あと一息。
検索した内容を、行動に移すだけです。

そこでももう一段、心の中の抵抗はあるかもしれません。
良くも悪くも、今は安定している状態です。
過去とは違う行動を起こすということは、何かしらの不安定を生みます。
その不安定に乗り出すにはそれなりの勇気が必要です。

 

しかし、新たなことを始める勇気というのは、後から振り返るとたいしたものではないことが多い。
たとえば、幅30cmの橋を渡れとわれると、渡る前は怖くてびくびくです。
けどわたってしまって振り返ってみると、こんなの幅があるじゃないか!とびくびくしていた自分がバカバカしく感じる。
まあそんなものです。
はじめの恐怖を乗り越えれば、それが日常になります。
そうやって一つ一つ積み重ねることで、あなたは進化していくのです。

個人向けセミナー

 

 

86歳の老人は何を感じていたのだろうか?

ある86歳の一人暮らしの老人がいます。
彼は、自宅の一室で一日を過ごします。
食卓の上にテレビを置き、そこから手の届くところに冷蔵庫を置く。
椅子に座ったまま、ほとんどの用事を済ませることができます。

たまたま、私が訪問するとこんなことを言っていました。
「わしゃぁ、何のために生きてるんやろな」

 

その方は、現役時代は、ちょっとした化学工場を経営していました。
社員も40名ほど抱え、そこそこの事業です。
とはいえ、時代の波についていくことができず、70歳のときに会社を締めました。
決して貧しくはないけど、特別裕福でもない。
そんな状態で、奥様を亡くし75歳から独り暮らし。

わりと頑固な人だったので、子どもとの関係はあまりよくありません。
一人になった時、彼はそのことを後悔していました。
「とはいえ、ワシにもプライドがあるからな」
と自分から仲直りを言い出せません。

 

まあ、それはそれとして、彼が繰り返し言う言葉は
「何のために生きているのか」
ということ。
それなりに仕事にまい進してきた。
一時期はそれなりに羽振りもよかった。
けど、人生が終盤に差し掛かってはじめて、自分が生きている意味を考え始めました。

「いったい何のために生きてきたんやろ」

そんなことをつぶやきながらも、
「もう早くお迎えが来てほしい」
そういつぶやきます。

 

そして、先日。
彼は87年の人生の幕を閉じたと連絡を受けました。

彼は、人生に満足を感じて最後のときを迎えられたのでしょうか?

 

 

ある人は言います。
「死なないために生きている」
どうも投げやりに聞こえますが、実際はそういう人、多いのではないでしょうか。

今安定した仕事についている。
これは、「飢えない=死なない」ためにやっている事。
それなりに平和な家庭を気付いている。
それがすべてならいいのですが、家族はいずれそれぞれの道を歩みます。
今が幸せならいい、というのは間違いではないと思います。
しかし、その幸せは永遠に続くものでしょうか?

 

一方、使命を見つけた人は強い。
使命とは、命を使うと書きます。
自分の生涯をかけて、何かをやり遂げることです。
大げさに聞こえるかもしれませんが、誰しもが、今の世の中に何かしらの影響を与えることができます。
100年後、1000年後の自分のあり方を考えていくことで、それが明確になることもあります。

 

単に日々を平和に過ごすことを選ぶのも一つの道です。
しかし、それを積極的に選んでいるのか、一度自分に問いかけてみる必要はあるような気がします。
ちなみに、死を前にした人が後悔したことの中で、割と多いのが「やったこと」に対する後悔ではなく、「やらなかったこと」に対する後悔だといいます。
あなたは、やり残したことはありませんか?
そもそも、本当に何をやりたいかに気づいていますか?
もし、モヤモヤとして見えないのなら、NLPでそれを見つけるお手伝いができます。

個人向けセミナー

 

 

かみ合わない会話の原因は?

夫婦、同僚、上司と部下、その他もろもろ。
人と人が話をし始めると、時にかみ合わないことが出てくるものです。

例えばこんな感じ。

上司「明日同行するA社の企画書、ちゃんと仕上げたか?」
部下「はい。これです」
上司「わかった。じゃあ明日、よろしく」

【A社への訪問当日の朝】

上司「(企画書をチェックしながら)おい、この企画、ちょっとおかしくないか?」
部下「え?」

 

この時に二人の間で、どんなことを考えていたのでしょう。
上司は、部下の企画書が当然事前の打ち合わせ通りになっていると考えていた。
とはいえ、少し気になって前日に確認した。
しかし、詳細のチェックまではしなかったわけです。
このぐらいのことは、言われなくてもできるだろう、と。

一方部下は、前日に企画書を上司に見せた。
事前に見せたわけだから、当然目を通しているだろう。
上司は何も言わなかったので、OKだったと認識している。

 

で、当日の朝がやってきた。
上司は、企画がおかしいという。
上司にしてみれば、あれだけ事前に打ち合わせをしたのに。
そもそも自信がないなら、そういって早めに相談すればいいのに、と思う。

 

一方部下は、なんでこんなギリギリになっておかしいなんて言うのか。
昨日の内に言ってくれれば、修正する時間はあったのに。

 

まあ、ちょっとしたボタンのかけ違いなわけです。
これを多くの場合、相手が悪い、と言ってその場を収める。
けっか何が起こるかというと、同じミスが繰り返されるわけです。

 

さてこれを防ぐにはどうすればいいでしょう。
それは、相手の立場に立って考えてみる、という動作が必要になります。
また、「言わなくてもわかるだろう」という自分勝手な思い込みに気づく必要があります。
双方が問題を持っているわけですが、これで対立してしまったら問題は永久に解決しません。

特に、対人コミュニケーションというのは、多くの人が無意識にやっていることの積み重ねです。
逆に言うと同じことをやっている以上は、出てくる結果はあまり変わりません。
つまり、結果を変えたければ、行動を変える必要があります。
しかし多くの場合、私たちは無意識の行動に気づかないのです。

自分がどんな顔で他人と接しているかを見ることはできません。
なぜなら、鏡を見るときは、鏡を見る顔で見るからです。
よく、「自分のことが一番わからない」といいますが、それは本当だと思います。
だから人は、道に迷うんですね。

さらにいうなら、迷っていることにさえ気づかないことがあります。
何をやっても、どれだけやっても満たされた感覚がないとしたら、自分には見えていない何かがあるのかもしれません。

その何かを、NLPを学ぶことで見つけていく人はけっこういます。
ある二代目経営者は、自分の今やっていることが楽しくないことに気づいた。
けっか、親の家業とうまくバランスをとりながら、自分の道を歩み始めたケースがあります。
彼の輝くような笑顔を見たとき、NLPを広める仕事をしていてよかったな、と思えます。

皆さんも、本当の自分を発見しませんか?

個人向けセミナー

 

無意識の行動を意識してみる

NLPを学ぶと、人の無意識の行動を意識してみることがあります。
例えば、赤信号で止まった自動車。
前の車が若干動き出すと、慌ててこちらもブレーキを外す。
けど、信号を見てみたらまだ赤だった。
そんな経験ありませんか?

私たちの頭の中にはいろんな習慣が刷り込まれています。
だから、赤信号で待っているとき、前の車が動いたら即座に自分も発進しなければ。
そうおもって、無意識にブレーキから足を外す。
実は、こういうシーンで起こる追突事故、けっこうあるんです。

私たちの行動は、9割以上が無意識に行われる、という人もいます。
ということは、パターン化されているということです。
こういう問題が起きたときは、こう対処する。
そういうパターンが脳の中に組み込まれているわけです。

 

たとえば、子どもが駄々をこねたとしましょう。
親としてはそんなことで足止めされたくないので、ついつい子供を強制しようとする。
「早く来なさい!」「静かにしなさい!」と。
すると子供は反発します。
「いやだいやだ」を繰り返したり、道端に座り込んだり。

そうするとついついこちらもカッとなる。
ときには手が出てしまうかもしれません。

 

脳に組み込まれている、といいましたが別に生まれつきそう言う反応をするように生まれたわけではありません。
人生の中で、そうすればうまくいった、という記憶が頭にあるからそうするわけです。
しかし、現実は思ったようにはうまくいかない。
なのに、同じことを繰り返すわけです。
子どもをしかりつけて従わせようとし続けます。

そういう時に、お勧めしたいのは、まずは反射的に何かをするのではなく一旦止まってみること。
冷静に状況を見てみるのです。
子どもが駄々をこねている。
自分は早くこの場を立ち去りたい。
だから思わず声を荒げそうになった。
周囲の人たちは、こちらを迷惑そうに見ている(気がする)。
などなど。
様々な状況をいったん見てみる。

 

なかなかできないことなんですが、こういう意識をしてみないと、パターン化された自分の行動に気づけないのです。

別に子供を叱るシーンだけに限定された話ではありません。
親や子供との会話。
教師や上司との会話。
仕事上でよく犯すミス。
こういったことが「またやってしまった」と自己嫌悪に陥るくらいなら、やる前に止まる意識をしてください。
反射的に行動しないこと、反射的に行動しない時を持ってほしいのです。

 

そうやって静止して、考えてみる。
可能であれば、相手の心情に入り込んでみるとなおいいでしょう。
なぜこちらの話が伝わらないのか。
その原因を知ることができるかもしれません。

こちらにはこちらの事情があるのと同様、相手にも相手の事情がある。

そうやって反射的な行動を「視る」ことで、違う方法を試す余裕が出てきます。
その時に違う行動を起こせば、相手の反応はいつもとは変わるはずです。
一度でうまくいくかもしれないし、行かないかもしれない。
しかし、間違いなく言えることは、上手くいかないならうまくいかないで「この方法ではなかった」ということがわかります。

 

止まって、見る。
一度試してみてください。

 

さて、こうやって反射的に起こす行動は、脳に行われたプログラムが原因です。
このプログラムを書き換えることができれば、失敗ばかりの毎日が変化する可能性は高い。
そのプログラムの書き換え方を知るのが、NLPの目的の1つです。

いつもはこういった情報を知っても「まあそのうち」なんて思っていたとしたら、それで思うような人生になっていないとしたら、その反射的行動を改めるのは今なのかもしれませんね。

個人向けセミナー

 

ムラ社会を救うのは誰か?

ある講演依頼をいただき、地方の小さな町に伺うことが決まりました。
そこで、依頼者に聞いてみたんです。

「そこに集まる人たちは、どんなことで悩んでますか?」と。
要は、その人たちが抱える悩みを知ることで、そこにどんぴしゃりな話ができれば、という思いがあったからです。
すると、彼はこう言います。

「さぁ。特に悩みとかはないんじゃないかと思います」

じゃあ、皆さんの関心ごとは?

「いやぁ、特にないんじゃないかなぁ」

 

え???

 

いや、ちょっと不思議です。
というのも、講演する以上は一定程度の経費が発生します。
私自身、安くない講師料を頂きます。
お金と時間をかけて、何の変化を求めないってどういうことなんでしょう。

 

「地元の人間は、今まで通りというのが一番なんですよ」

 

詳しく聞くと、こんな感じでした。
地方では、人から頭一つ出ることに大きなリスクがある。
いわゆるムラ社会なのでみんなおんなじ、歩調を合わせ、お互いがお互いを監視しあう。
ムラのおきてを揺るがさないように。

そんな中で変わったことをやり始める人は、ムラの秩序を乱すものとして村八分にあいます。
昔ほどあからさまではないにしても、陰口を言われたりするわけです。

言ってみれば、鎖国状態を続けているわけです。

確かに、鎖国というのは村の中の安定を促すには優れた政策です。
江戸時代が300年も安定して続いた背景には、鎖国が大きな要素としてあったという話もよく聞きます。
変わらずにい続けるために、ムラ単位で鎖国をする。

 

じゃあ、現地の人は何一つ関心ごともなく、ぼんやり日々を過ごしているのでしょうか。
地元の方はこんな風におっしゃいました。

「しいて言えば、少子化とか過疎化は関心のある問題かも」

なるほど。
ムラの存続が危ぶまれる問題には、心が動かされるわけです。

ヨソ者を排除した結果おこるのは、若者の流出です。
夢を持つ若者の中には、窮屈な監視社会がツラい人もいる。
すると、そんなムラ社会を飛び出してしまう人が出てきます。

一方で、都会での生活に疲れた起業家が、田舎生活を始めるのも最近の流れです。
PC一つで仕事をしながら、カントリーライフを楽しむ。
そんなムラとは違った文化を持ち込む人もこれから増えてくるでしょう。

 

つまり、ムラは、ムラのままでは存続するのが難しい時代に差し掛かり始めています。
いつまでも村人としての既得権益を守り切れるとは思えません。
そんな時に誰かが動き始めると、一人、二人と仲間が増え始める可能性があります。

少子化、過疎化をとめるのは、たぶん外の人間ではなく、中の人間でなくてはなりません。
外の人間がやり始めると、いいとこどりされちゃいますからね。

 

つまり、地方の人たちも、そろそろムラ社会の改革を始めなければならない時期に差し掛かっているのではないでしょうか。
その最初の一人を、ムラは求めているはずです。
そのひとりにだれがなるのか。
そこを考えてみる必要があるのではないでしょうか。

そんな勇者を生み出すメンタリティ。
あなたの背中を押すのは、あなたの中にある情熱かもしれません。
そのくすぶっている炎を燃え上がらせるお手伝いなら、私どもにもできると思っています。

脳のプログラムを自在に書き換えるのが、NLPです。
ちょっと怖い、ちょっと不安。
その思いを乗り越えて、あなたの個性を活かす生き方をしてみませんか?

まずは、体験セミナーから。

個人向けセミナー

人生の楽しみ方、知ってますか?

あなたは、海外旅行にいった事がありますか?
私の初めての海外旅行は、新婚旅行でした。

大学時代には、当時は卒業旅行と称して海外旅行に行くのが当たり前の時代でした。
彼らがいろんなところへ行くのを横目に、私は車を買うためにバイトをしていて、そんなところでお金を浪費するのはもったいない。
そんな風に思っていました。
そもそも、あまり旅行に興味はなかったので、海外だって同じでしょ、と思っていました。

ということで、海外旅行デビューはずいぶん後になってしまったわけです。
それでも、当時は、決して海外旅行をする人をうらやましいとは思いませんでした。
なぜなら、海外旅行の楽しさなんか知らなかったからです。

 

で、新婚旅行でどこに行く?
ということになりました。
まあ、実際のところ、どこでもいいや、という感覚ではありました。
何しろ、海外旅行の楽しさなんて知りませんから。
とはいえ、相応の期間会社を休む理由としては、新婚旅行というのは絶好のチャンス。
ということで、いろいろ考えた末、
海に行きたい。
あと、映画が好きなので、ハリウッドに行きたい。
この二つをかなえる旅行にすることになりました。

まず、アメリカのLAにある空港に降り立ちます。
学生時代の地理の授業で、アメリカ西海岸が温暖で乾燥した気候であることは知識としては知っています。
けど、真冬だけど、現地の人は短パン・Tシャツで歩いているとか、
汗は出てもすぐに乾くから服が汗で濡れないとか、
日本との圧倒的な日差しのきつさの違いとか、
こればっかりは、実際にその場に行かないとわからない経験を次々とします。

アメリカは訴訟社会だ、なんて言って冷たい印象がありましたが、ちょっと田舎のショッピングモールに行くと気のいい若者が困りごとを助けてくれる。
陽気な人たちは、常に明るく挨拶してくれる。
ある地では、おばさんにつかまって、30分くらい英語で話しかけられて、こっちは頷くばかり。
30分後「あなた英語ができないのね!」と言われて、解放されてほっとするやら悔しいやら。

いい経験も、そうでない経験も含めて、ああ、自分の知っているアメリカっていうのはほんの一部なんだな、と感じたのを鮮明に覚えています。

 

海外旅行が好きだという人は、きっとこういう中にいることが、楽しくて刺激的なんだろうな。
いってみて初めて分かったわけです。

 

なぜもっと早く、この楽しさを知ろうとしなかったのかと後悔しました。

学生時代なら時間はいくらでもある。
だから、行こうと思えば海外旅行もいけたわけです。
けど、今となっては社会人。
そうそう遊び歩くわけにもいきません。

 

経験することなく、私は「海外旅行も国内旅行も一緒でしょ?」「ガイドブックや映画の中の海外を知れば、だいたいのことはわかるでしょ?」なんて勝手に思い込んでいたわけです。

 

さて、このことは人生でもよく起こります。
今の生き方が、何のトラブルもなく、そこそこ幸せ。
そうすると、その中で満足したつもりになります。

けど、そういう人が、例えば余命6か月です、と言われたとしたらどうでしょうか。
やり残したことをリストアップしてみると、いっぱいあるんじゃないですか。
しかも、それをやってみれば、もっとやってみたくなることがほとんどです。
なのに、今はストップをかけてしまってるわけです。
それは人生の楽しみを知らないでいようとしているのかもしれません。

 

なぜなら、もっといろんな経験をすれば、いろんなところに関心が及びます。
そうすると、人とは違うことをやりたくてしょうがなくなるかもしれない。
仲間とは違う道を進みたくなるかもしれない。
一人、地元を飛び出したり、
一人日本を飛び出したりしたくなるかもしれない。
それが怖いから、私たちは目の前に見える世界以外を見ようとしないようにしているのかもしれません。

 

一度知ったら戻ることはできません。
けど逆に、知らないで100歳が近づいたとき、あなたはこういうかもしれません。
もっと早く人生の楽しみを知っていればよかった、と。

さて、最後の息を引き取るとき。
あなたはベッドに寝かされ天井を見上げ、
後悔ばかりを思い浮かべる人生を望みますか?
それとも、精いっぱい楽しんだなぁ、と悔いのない最期を望みますか?
その時は、刻一刻と近づいています。
決断は、早いに越したことはありません。

もし、人生の楽しみをしゃぶりつくしたいなら、きっと私どもがお手伝いできるのではないかと思います。

個人向けセミナー

Google口コミ

Google口コミ